オープンから10周年という節目を迎えたCASE Shinjuku。
運営者である森下ことみさんにCASEの立ち上げから現在、そして今後のことについてお話を伺いました。
シェアオフィス・コワーキングスペースCASE Shinjukuをはじめる前、森下さんは何をしていましたか?
大学卒業後はアルバイト、その後結婚して専業主婦をしていたため、実のところ30代半ばまでちゃんと働いたことがありませんでした。
35歳の時に三鷹市の臨時職員(まあパートのおばちゃんです)として、三鷹市が立ち上げた「三鷹市SOHOパイロットオフィス」という名のSOHOオフィスの受付の仕事に就きました。実は「働く」ことにはかなりネガティブだった私ですが、そこで眠る間もないほど忙しそう、でも楽しそうに働いている人たち接し、好奇心と興味に後押されていつの間にか前のめりに働いている私がいました。その後、当時の受付スタッフと一緒に創業しました。
成り行きで思いがけずも社長になりましたが「シェアオフィス」や「コワーキングスペース」という名前さえなかった頃から、この業界で働き続けていられることを幸運に思っています。
CASEを立ち上げた当時、コワーキング業界はどんな状況でしたか?
CASE Shinjukuがオープンした2014年当初は、まだ「コワーキングスペース」という言葉自体が一般的ではありませんでした。ノートパソコンひとつあれば仕事ができて、知らない人同士が同じ空間でそれぞれ仕事をする、というワークスタイルが徐々に浸透しはじめた頃だったと思います。初めて来られたお客様にCASEを知った時の検索キーワードを聞いていますが当初は「電源」「Wi-Fi」という答えが圧倒的でした。ちなみに今は「コワーキングスペース×新宿」「コワーキング×高田馬場」などで見つけていただいています。
当時のコワーキングスペースは「自分の仕事場をシェアする」という形が主流だったと思います。
そんな中、高田馬場駅前で100坪、想定以上の広さでしたが良い物件に出会えたことで、私たちはシェアオフィスとドロップイン形式のコワーキングスペースを併用するオフィスをつくろうと決めました。
50坪のコワーキングスペースには自宅の家具やオーディオセットなどを持ち込むなどしてイニシャルコストを抑えてスタートしました。広々とした杉の無垢材のフローリングでヨガ教室ができるほどガランとしていました(笑)
資金的に余裕がなかったわけですが、Webサイトでは「成長し続けるオフィス」と謳い、完成しない「サグラダ・ファミリア モデル」と言ったりしていました。結果的にそれ自体はとても良かったと思っています。
オープン当初の思いは、どんなところにありましたか?
当時、一部のコワーキングスペースではWordPressやXOOPSなどIT系の勉強会が行われており、その中で新しい「コミュニティ」というものに出会いました。
同じ組織に属しているわけでもないのに、年齢も性別も立場も違う人たちが、一つのテーマに沿って集まることで、友人ができたり、一緒にイベントを行なったり。さらにそこから仕事に繋がることもあります。
コミュニティに参加することで、いろいろな広がりができていく様を目の当たりにした経験は、私にとってとても大きなものでした。「これは新鮮だ!こういう事が生まれる場所にしたい」と感じ、CASEを運営する上での指標やモチベーションとなりました。
「周りにどんな人がいるか」が重要
私がコワーキングスペースを始めることができたのは、周囲の人からの後押しがあったからです。
何か困ったことがあっても、「誰かに聞けばなんとかなるだろう」と思えるくらい、周りには頼れる人が多くいました。
また、CASEを運営しながら、利用者さん同士がつながることで起こる相乗効果が本当に嬉しいんです。人と人が出会うことで未来がより良くなる。小さな変化でもいいんです。私が知らないところで起こっていてもいい。
林真理子さん小説「ビューティーキャンプ」の一節に「ここは、美を磨くだけじゃない、人生を変える場所よ」という科白があります。「ここは、働くだけじゃない、人生を変える場所よ」。そんな場になればいいなと。
靴を脱いでコワーキングする
CASEの床は無垢の杉材のフローリングで、素足や靴下のまま利用していただきます。
これも「利用者同士がリラックスしてコミュニケーションがとれる場」という意味でよい効果がありました。
例えば、ビジネスタイムに仕事場で靴を脱ぐということに違和感や抵抗を感じる人もいると思います。
逆に靴を脱ぐことで開放感や自由さを感じて心地よいと思う人もいる。
「靴を脱ぐ」ことを「いいな」と思う人が集まる。それが、一つの仕掛けになっているように思います。結果的にですけどね(笑)
わたしたちは単に作業場を提供するだけでなく、利用者同士のつながりを大事にしていきたいと考えているので、コミュニケーションを取りやすい雰囲気は、とても大事な要素なんです。
コワーキングスペース運営者の横のつながりも
コワーキングスペースには運営者の横のつながりもあります。
月1回行われる「コワーキングスペース運営者勉強会」にも参加しています。運営のノウハウを共有したり、それぞれの課題を話し合う場で、昨年100回を超えました。
最初は運営者同士の交流会として始まりましたが、これを母体に2017年に「一般社団法人コワーキングスペース協会」が立ち上がっています。
思いを共有する同業者同士のつながりは大事にしています。
思い描いていた理想と現実のギャップはありましたか?
2010年代の後半に、東京オリンピックも見据えてということだったと思いますが、大企業などでリモートワークが推奨されるようになり、福利厚生として大きなスペースを開業する動きも活発になりました。コワーキングというスタイルが一般化する一方で、そのニーズが「人とコミュニケーションしたい、つながりたい」というものから「淡々と仕事するための作業場」に変わっていったように思います。
サラリーマンだけでなく全体のニーズとして「集中できる作業場」を求める人が増えていることを実感していますが、私たちは今まで通り、飽くまで「ゆるくつながる場所」「ちょっと楽しくなるイベント」を大事にしていきたいと考えています。
CASEは、2017年から東京都の認定インキュベーション施設として認定も受けています。法人設立時の登記住所として、またフリーランスの方のビジネスアドレスのニーズもあります。創業支援、事業者向けの公的支援などの情報発信も大事な役割です。シェアオフィスとしての役割を果たすことでも、お役に立ちたいと思っています。
2020年のコロナ禍の時期は、どのように過ごされましたか?
2020年の1回目の緊急事態宣言のときは、もちろんイベントや勉強会を行うことはできず、約2ヶ月間コワーキングスペースを閉じました。
シェアオフィスを契約しているユーザーさんのケアをするためだけに出勤していた時期で、当時のカレンダーは予定が全くなく、真っ白でした…。
売上は当然かなり下がりましたし、人を集めること自体ができなかったので、本当に苦しい時期でした。
そんな中、スペースに来れないユーザーさんたちとzoomでラジオ体操をしたのは、いい思い出です。
zoomの利用者が急増する中、オンライン会議ツールの背景としてCASEのリモート風景写真を使ってもらおうと意図してブログを書いたのですが、そのブログ記事がアクセスを集めてGoogle Analyticsのページビュー数グラフが急に上がったりもしました(笑)。
印象深いエピソードをひとつお願いします
2023年12月1日にオープン10周年記念パーティを開催しました。「10周年だから10の付く何かをやったらいいと思います!」というスタッフのひと言を受けて10時間耐久パーティーにしたんです(笑)
このパーティーに参加してくれた、フリーランスのWebデザイナーさんがFacebookに投稿してくださったメッセージが心に残っています。
一人で事業を続けることに限界を感じていたときにCASEの存在を知り、「ここで仲間を作ろう」と最初の月額利用のメンバーになった。その後、WordPressコミュニティと繋がりができて、案件を助け合うチームでお仕事にも繋がり、仕事以外でも生涯にわたって大切にしていきたいと思える友人ができた、と。
お互いがゆるく繋がることで助け合えるコミュニティ作り
このエピソードは、わたしたちが目指してきた「ひとりひとりの得意分野を生かしてゆるくつながっていくコミュニティを作りたい」という点で、CASEがその一端を担うことができた。まさにCASEがひとりの人の「人生を変える場所」になっていたのだと思うと本当にうれしかった。
そして彼女のおかげでCASEの未来もまた変わった。そういうことを望んでいるんです。
次の10年はどんな未来を思い描いていますか?
CASEの利用者さんと地域の人が出会い一回り大きな輪ができる
最近の感じるのは、外部の人とCASEの利用者さんが出会うきっかけを作れるようになってきたということです。
私たちは「高田馬場経済新聞」という地域メディアサイトも運営しています。その一環で地元の老舗芸能プロダクション、放映新社さんと一緒に「馬場経ラジオ」というポッドキャストを配信しています。取材をきっかけに地域の飲食店や店舗の方々、早稲田大学さんや戸山公園さんなど学校や施設の方々などとの接点も増えてきました。シェアオフィスやコワーキングスペースを利用する人たちだけでなく、この高田馬場・早稲田で暮らし活動する人たちも入る一回り大きな輪ができていけばいいなと思っています。
高田馬場・早稲田という街の個性に合わせて
今、私たちは高田馬場・早稲田には「創業の街」「エンタメの街」という個性があるということを馬場経ラジオなどで発信しています。
高田馬場は早稲田大学をはじめ複数の専門学校があり、飲食店も多く活気あふれる街です。「シリコンバレーになぞらえ、バババレー」と銘打って、高田馬場は創業の街なのだということを広めていきたいと考えています。
また早稲田大学を中心に多くの演劇関係者を輩出する街でもあります。東洋で唯一の演劇専門博物館、早稲田大学演劇博物館もあります。CASEにも小説家、漫画原作者、芸能マネジメント、声優などエンタメ系の仕事をするユーザーさんがいらっしゃいます。
ということで、
1. バババレー(IT、創業支援)
2. エンタメ(演劇、映画、漫画、小説)
3. 街ネタ(飲食店などの店舗)
この3本柱を立てて、アピールしていきたいと考えています。
海外から訪日するユーザーさんが増加
最近の傾向として、外国人観光客やノマドワーカー、日本語学校の留学生さんなどからの問い合わせや来訪が増えています。外国からのユーザーさんとの会話は視野が広がり、とても楽しいです。
また、日本の良い思い出をお持ち帰りいただくことは、国と国との関係を良好にする、大げさでも何でもなく「小さな外交」だと思っています。
英語での接客も頑張っていきたいです!
CASE Shinjukuを拠点として、周囲の店舗や施設、そして外国の人々ともつながることで実現できそうなことが、まだまだたくさんあると考えています。
次の10年もCASE Shinjukuをよろしくおねがいします!!